PLANET BOARDについて

PLANET BOARDの概要

日本の英語教育現場では、伝統的に教えられてきた文法規則や語法が実際に現在通用するものかどうか、疑問がもたれることがしばしばあった。学校英語では正しいとされているが古い語法なのではないか、同じ意味で複数の表現が可能とされているが、どれを用いるのが一般には望ましいのか、といった疑問をいだいたことのある人は英語学習者にも教師にも少なくないだろう。こうした疑問に対して、約100人の英語ネイティブスピーカーにアンケート調査を行って結果を数量的に示し、かつ彼らの「生」のコメントを紹介することにより現代英語の使用実態に迫ろうという試みが『オーレックス英和辞典』のPLANET BOARDである。

PLANET BOARDとは本英和辞典編集部が組織した英語ネイティブスピーカー約100人からなるインフォーマント(資料提供者)の集まりのことをいうが、それによる調査結果を紹介した辞典中のコラムのこともその名で呼んでいる。

PLANET BOARDによる英文法・語法の調査は2002年刊行の『旺文社レクシス英和辞典』において初めて行われ、70の項目をコラムとして掲載した。ここで調査された項目は、「... than Iか、... than I amか、... than meか」のように以前からよく議論になる問題あり、「promise+目的語+to doの形は用いるのか」など近年英語学者の間でも関心をもたれた問題ありと多彩であった。この試みは幸いにして好評を博し、2008年刊行の『オーレックス英和辞典(初版)』においては、『レクシス』で得られた成果を生かしつつ、新規の項目も取り入れて拡大したPLANET BOARDを世に送り出した。そして、改訂のたびに一部項目を入れ替え、新たなインフォーマント調査を行って、今回の『オーレックス英和辞典 第3版』ではいわば四代目となるPLANET BOARDを掲載することになったのである。

近年では大規模コーパスに基づいた語法調査が一般的になっており、語法研究者も辞書編纂(へんさん)者も多くがコーパスを利用している。それでもネイティブスピーカーに言語表現の容認度や使用するかどうかを質問するという伝統的な方法をとることには、十分に意味がある。コーパス中にわずかしか出現例がなくても、あるいは出現しなくても、ネイティブスピーカーの判断によれば完全に使用可能であるような表現は存在する。また、意味解釈に関する事柄はネイティブスピーカーに直接尋ねる方法によらないとはっきりしない場合が多い。インフォーマントの判断と意見を語法・文法研究の参考にすることに今日でも意義はあるのであり、コーパスの普及によってそれが不要になることはない。

ネイティブスピーカーによる判断は、古くから英和辞書編纂に利用されてきたが、100人という規模で、特に言語や辞書を専門としない人々による回答を直接辞書のコラムに反映させる方法は英和辞典ではPLANET BOARD以外に例がなく、大いに価値のあるものであり十分信頼性に足るデータを提供できると考えている。

なぜ言語の専門家でない人々の意見を集めるのか疑問に思う向きもあるかもしれないが、本来言語の用法を決めるのは専門家ではなく、一般の言語使用者である。たとえ規範文法書や語法書が「○○というのが正しい」と決めても、実際に人々が別の言い方をし始め、時が経ってそれが定着すると文法書・語法書の内容も変わるのである。人によってある表現を使うか使わないかの回答が異なるとき、それは言語変化の途中である場合もある。言語変化はどの時代にも常に起こってきた自然な現象である。

本辞書において、PLANET BOARDを除いた本文中では、いろいろな資料にあたり、またもちろんネイティブスピーカーの判断も参考にしながら、最も妥当と思われる語法注記を示すようにした。辞書には現時点での規範、正しい言い方を示すことも要求されるから、本文記述においては、言語の使用実態に注意しながらもできるだけその要求に応えることを目指している。一方で、正誤の決められないいわば「グレーゾーン」が言語には存在している。PLANET BOARDの項目の多くはこのグレーゾーンに注目したものである。白か黒か、つまり「正誤」を決めることはこのコラムの目的ではない。PLANET BOARDにおいては、グレーゾーンのありのままの姿を知り、一筋縄ではいかない言語表現の実態について認識を深めていただければよいと考えている。

項目選定とコラム記述の基本方針

今回のPLANET BOARDの項目数はちょうど100である。『オーレックス英和辞典 第2版』の項目のうち70はそのまま掲載し、残り30項目については新しく調査を行った。この30項目の中には、全く新しい項目と、既存の項目と同じまたは少し修正したものを新しいインフォーマントに対して調査した項目とがある。第2版刊行からの10年あまりの間にも、人々の言語使用は変化している可能性が十分にあるのである。

項目の選定については、編集委員・執筆担当者・編集部の協議により慎重に行ったが、主に次のような点に重点をおいた。

  • ① 必ずしも英語教師や専門家が論争の対象とするような事柄に限らず、英語学習者ならだれもが出合うであろう素朴な疑問、たとえば、名詞の前に冠詞をつけるか否か、前置詞はどれを使うか、2種類の比較級のうちどちらを用いるかなど、調査の趣旨が上級者でなくても理解しやすいものとする。
  • ② 意味に関わる問題、たとえばall ... notは部分否定か全体否定か、until「まで」は後にくる日を含むか、thanks to ...は悪い内容にも用いるかなどを積極的に取り入れる。
  • ③ 許可を求めるWould you mind if I ...?に答える時の表現は何か、「しませんか」という勧誘の表現には何を使うか、「映画に行く」はいくつかある言い方のうちどれがふつうか、など日常頻繁に用いられる表現に関する調査を多く含めるようにする。
  • ④ 後に述べるように、インフォーマントを米国と英国のみの話者に絞ったこともあり、アメリカ英語とイギリス英語の相違を反映するような項目を多く取り入れる。

次に、コラムの記述の形式について述べる。まずの欄を設けて、その項目は何を調べようとしているのか、問題意識と目的を述べることにした。従来の通説を検証しようとする項目においてはその旨を述べた。 また、各項目の最後にの欄を設けた。すでに述べたとおり、PLANET BOARDは1つの規範を示すことではなく、使用実態をありのままに示すことが目的である。したがって調査結果とその簡単な説明だけでも用は足りるといえるのだが、やはり学習者にとっては実際に自分が使用する場合のヒントがあった方がよいとのご意見を読者からいただいたので、学習者が英語を使用する際に参考となる指針を示すことにした。ただし、この欄は取り上げた問題の「結論」を述べたというわけではなく、一般的な学習者に対して大体の目安を提示したものである。

インフォーマントの構成

本辞典のPLANET BOARD 100項目の中には、先に述べたとおり、初版、第2版、第3版それぞれの編纂(へんさん)時に調査した3種類が存在している。この3種類には共通のインフォーマントもいるが、すべて同じではないということをお断りしておきたい。

PLANET BOARDは、アメリカ英語とイギリス英語という二大変種の対比を明らかにし、できるだけこの2つの相違を示すことを目的の一つとしているため、100名のインフォーマントはすべてアメリカ合衆国・イギリスいずれかの英語話者とした。男女比はできるだけ同じに近づけるようにした。初版からの項目も新規項目も、インフォーマントは大学出身(一部は大学在学中)の教養あるネイティブスピーカーとしている。また、日本在住の米英人ではなく、アメリカまたはイギリス在住のネイティブスピーカーを対象とした。

※インフォーマント詳細はこちら

調査方法および結果の取り扱い

ネイティブスピーカーへのアンケート調査にはインターネットを利用した。

質問の仕方には何種類かあるが、基本的には「あなたはという表現を使いますか」という形でインフォーマント本人がその表現を使用するかどうかを質問した。「正しいか」や「文法的か」を尋ねたのではない。自分が使わないならその理由と代替表現を尋ね、さらに、問題の表現がくだけた言い方なのか堅い言い方なのかなどを含め自由なコメントを書いてもらった。

また、たとえば(a)と(b)の2表現があるとき、「(a)を使う」「(b)を使う」「両方使う」「どちらも使わない」の4選択肢のうちから1つを選んでもらう形式の質問も行った。その2表現の意味や使用される場面の違いなども書いてもらった。このような調査では全体の合計が100%になるが、「複数回答可」で合計が100%を越える項目もある。

多くの項目ではインフォーマント自身が使うかどうかを尋ねたのであるが、意味解釈に関する項目では、その表現を聞いたり読んだりしたときにどんな意味にとるかを選択肢の中から選んでもらった。

調査結果は円グラフまたは棒グラフで示し、その後に文章で簡単に説明した。アメリカとイギリスで有意な差がある項目についてはグラフもそれぞれ掲げ、米英差が明瞭になるように示した。堅い表現かくだけた表現かについてのインフォーマントの反応も提示した。

PLANET BOARDに提示されたデータは、あくまで今回調査した例文について、当該のインフォーマント100名が出した結果であることに注意していただきたい。同じ構文であっても単語を変えていれば使用率が違う可能性がある。また、特に文脈なしで文の使用率を尋ねているものについては、ある種の文脈に当てはめて調べればかなり異なる結果になることもありうる。そのような部分については、インフォーマントの自由コメントからうかがい知ることができる。

回答者による自由コメントの中からは、注目すべきものをできる限り掲載するようにした。ネイティブスピーカーの生の意見は貴重なものである。中でも、取り上げられた表現を使わないと答えた人のあげた代替表現、使うと答えた人でもそれより好ましいとしてあげた同意表現などには注目していただくとよい。日本人がA、Bどちらの表現がより妥当か議論しているケースで、実はネイティブスピーカーはより簡潔だが日本人があまり思いつかないCという表現を一般に用いている、ということがままある。PLANET BOARDの解説文中で紹介している代替表現・同意表現はそうした面の理解に役立つであろう。

また、一部の項目にはの欄を設けて、独立した項目としては取り上げなかったが同時に行った関連する調査の結果も掲載した。

以上説明したように、PLANET BOARDは従来の英和辞典の枠を越えたユニークな試みである。このコラムを通して、表現の正誤に過度にとらわれることなく、英語さらには言語というものの使用実態について様々な関心をもたれる読者が増えれば幸いである。

(林 龍次郎)