3.古代の宮都はしばしば遷移しているが,その理由は何か。
(本文第12問対応)
▶ 解答例・視点・ヒント
- 以下の政治的・社会的・思想的諸要因が複数関連しあった結果,遷都が断行されたと考えられるが,その時々によって宮都遷移の事情が違うことも考慮する必要がある。
▶ 基本事項の整理
- ①天皇一代ごとに宮室の位置を変える慣習があったから。②地理的に現在の規模では狭小なため。③中国から流入した複都主義の考え方を取り入れた。④火災で焼亡したから。⑤人心一新策の一環として。⑥政教分離など政治と宗教の関係性から。⑦宮都造営技術の問題による。⑧為政者の権威・権力を国内や海外に誇示するため。⑨陰陽思想にもとづく吉凶判断。などの諸事情が相互に関連しあって遷都されることが多かった。
▶ 補足・発展
- 唐では首都を長安に定めていたが,そのほかに洛陽と太原が陪都(ばいと)として整備され,歴代の皇帝が長期間滞在していた。奈良時代には平城京がありながら,離宮的性格の強い陪都として淳仁天皇の保良宮(ほらのみや)や,称徳天皇の由義宮(ゆげのみや)が営まれた例がある。このように中心となる都のほかに離宮的な陪都を造営する方針を複都主義という。