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英語の学習者が英文を読んでいて、未知の単語に出会い、辞書を引いて訳語を当てはめ、何とか日本文に訳すことができたとしても、結局その英文が何を言おうとしているのかよくわからない。このような経験がある人も多いだろう。大学入試で出題される抽象度の高い英文では、単語の訳語も知っているし文の構造もどうにかたどることができるのに、内容は雲をつかむようでどうにも腑(ふ)に落ちないということがよくある。これは、その英文で扱われている抽象的な概念そのものが十分に理解できていないためであり、単純に英単語を日本語に置き換えただけでは、必ずしも英文理解の助けにはならない。例えば、arbitraryという語は、言語論や文化論を理解する上での重要なタームだが、「恣意的な」という訳語を機械的に当てはめてみたところで英文の論旨を把握できるとは限らないのである。

また、単語によっては英語における意味領域と日本語における意味領域にずれがあることもある。その場合は、日本語の知識が英文理解の障害にもなりうる。例えば、genderと「ジェンダー」は定義がやや異なる。nature、culture、civilizationという英語と「自然」「文化」「文明」という日本語は、それぞれの歴史の中で形成された意味の厚みが異なる。libertyとfreedomは日本語に訳せばともに「自由」だが、その2つの単語が各々ラテン語や古英語を語源とし、歴史の中で獲得していった概念の広がりと色合いの違いは、「自由」という訳語に置き換えられることで見失われてしまうのである。

さらに、抽象語の場合、ときには相矛盾するような複数の意味を持ち、一義的な定義が困難なことも多い。self identity、tacit knowledge、paradigm、ambivalenceなどのように、学術用語として導入された語が、日常的な場においてやや異なった語意で使われることもある。

本コラムは、英文を読んでいく上での「つまずき」となりうるこうした抽象語の概念について、読み解くための手がかりを示し、「気づき」へと導いていくことを目指している。特に日本語訳が概念理解の助けとなりにくい抽象語については、語源や語形成、さらには実際の用例を示しつつ解説した。そして、言葉を通してものの考え方を学んでいくための指針を提示した。

過去十数年の大学入試に出題された英文を分析し、38の項目を取り上げている。入試問題、書籍や雑誌、そしてインターネット上の記事などの英文読解に役立つよう心がけたため、ときに学術的に厳密な定義から一歩踏み込んだ解説を施している場合もあるが、それが「実際の英語の姿」であると理解していただきたい。本コラムが学習者にとって、英文をより正確に理解するための一助となることを願っている。

(島原 一之)