COMMUNICATIVE EXPRESSIONSとは

学習者の多くにとって、英語の文を作る作業は、文法規則に適切な単語を当てはめることを意味するだろう。有限の文法規則にいろいろな語彙を当てはめることで無限の文を作り出すことができる。(ほぼ)同じ意味を表現するのに、可能な文法規則と語彙の組み合わせは複数存在し、表現の豊かさを生み出すことにつながっている。

しかし母語話者だからといって、常に表現力豊かにさまざまな言い回しを駆使して言語を使っているかというとそうではない。近年の大量言語データの分析により、母語話者には、ひとかたまりで覚えていて何の文法的な分析も行わずに使っている表現のレパートリーが膨大にあることがわかってきている。これは幼少からさまざまな文脈の中で、その文脈に密着した表現を何度も聞いたり使ったりしているうちに自然と記憶に定着したものである。そのため、ある状況であることを言いたいときに、論理的にはいろいろな言い方があり得るにもかかわらず、実際に母語話者が選択する表現はかなり限定されてくる。そして、そういった母語話者らしい選択をしないと、文法的には正しいが、母語話者の感覚では「何か不自然だ」と感じられる表現になる。

母語話者がひとかたまりで覚えている表現のうち、特に慣習化・固定化したものが成句である。それに対して、表現の一部の入れ替えができたり、成句と呼べるほどではないものの、母語話者にとって自然で、緩やかな意味での決まり文句が存在する。それが本辞典で取り上げるCOMMUNICATIVE EXPRESSIONSである。従来の辞書では用例と成句の狭間(はざま)にあって、まとめて取り上げられにくかったこれらの頻出表現を、特に日常会話や議論などの場面でよく使われるものを中心に掲載した。必要に応じて意味合いや使われる場面等の文脈的情報を注釈としてつけ、さらに文体のレベルに応じた言い換え表現も付記した。

採録した表現は次の2種類に大別される。

  • ① 文形式の口語的慣用表現:
    Get this. なんと,よく聞いてくれよ(驚かせるような内容の前置き)
  • ② 一部表現の入れ替えが可能な定型表現:
    Could I ask you to leave the room quietly? 静かに部屋を出て行ってくれませんか(丁寧な依頼を表す。= Would you be so kind as to leave ...?)

このような文脈に密着した定型表現を丸ごと覚え、それをアレンジして用いる訓練は一見効率が悪いように見えて、実は文法構造と単語をセットでインプットするため流暢(りゅうちょう)な言語産出を促進し、かつ文脈と結びついているため語用論的な誤りを回避できるという2つの効果がある。「使える英語」を身につけるための一助としていただきたい。

(吉冨 朝子)